昭和49年11月10日 月次祭



 先ほど前講で、光昭がお話を申しておりました中に、「行く先は、地獄の果てかは知らねども、喜びだけは持って行きたい。」とこれは、私が頂いておる御教えの中から、その事を申しておりました。まぁだあの若さで、信心の喜びにひたると言った様な事が、あってよかろうはずもない。またあるはずもない。けれども目指す所は矢張り、そこなのだと。私は聞きながらそう思いました。
 まぁだあのくらいの若さで、もう有難うして有難うして毎日が勿体のうして、勿体のうしてと言うとったらね。そらちょっと可笑しいです。ですから矢張り本当の喜びを頂かせて頂く事の為に、信心しよう。若い時からしっかりと信心の喜びの頂けれる。信心すれば、一年一年有り難うなってくると仰せられるような、有難くなって行けれる一つの基礎というものを作っておかなければなりません。
 今日のお祭りにも大黒様が、また沢山並んでおられます。丁度百五十体になります。本当に合楽と言うところは、不思議なところだなと思うですね。しかもあなたあれは一万何千円も致します大きいほうのが。小さいのでもやっぱり八千円から。それでも矢張り皆さんがあぁして、大黒様を奉祭させてもろうて、おかげを頂こうと。ところが初めの間は、大黒様がよう聞きござったけれどもね。この頃きかんごつなったごたる感じがしておる方はないでしょうか。
 初めの間は本当に先生、お届けがありよったです。商売がずうっとあれから、久留米の矢次さんなんかはです。とにかく初めの間は、腑が良いかぐらいに言いよったけれども、それが一月も続いてみるとです。こらやっぱ大黒様のおかげだと思わなければおられんと言う様な、お届けがあっておりました。毎日幾らであっても、大黒様にお金をお供えせんと言う事はないようにです。おかげ受けておられた。ところが段々大黒様に威力がなくなってきた様な感じがするんです。
 お届けが無くなって来た段々。ただ最近お祭りなさった方たちは、それこそ生き生きとして、お祭りさせて頂いた、奉祭させて頂いた、その喜びがありますようです。段々聞かっしゃらんごとなったら、大黒様もお粗末に扱われるから、大事な事だと思うのですけれども。大黒様も矢張り、合楽示現活動に参画させてもらうと言う事もです。何か少しおだれ気味に成った様な感じがする。大黒様も一役買って、合楽示現活動に参画して下さってあると思うのです。
 昨日一昨日でしたか。高橋さん、あちらの方へ支店を持っておられます。月何回かあちらへ行かれるから、あちらでの合楽のファンの方たち、あちらの御信者さん方が、是非合楽のお話を聞きたい。それで高橋先生が、あちらにおい出られるなら、それを機会に是非その一席設けて、お話を聞きたいと言う事でありましたそうですから。昨日一昨日でしたか。あちらへおいでられましたついでに、一晩あちらでお話をなさいました。三時間半お話しとる。大体私はお話は下手なんですけれども。
 本当に神様が使うて下さるのだろう。しかも帰りにはこれで信心が新しゅうなった。本当に合楽の信心が、不審な所があったのが分かってきたという風に、みんな大変喜ばれたという事です。そこの何々教会の総代をなさっておられる。二十億からかかったホテルの社長さん。仕方もない格好してござるけれども、なかなかやっぱりその立派な、仕事をされている所から見ると、中々人間は見かけによらんと言う事です。そこのホテルの一室で丁度十一名の方たちが集まられた。
 それで三時間半もお話をさせて頂いて、おかげを頂いた。いわゆる示現活動に参画され、また示現活動の何たるかを、お話なさったわけです。そちらへ行かれる時にお取次ぎを願われました。あちらへ参りますとそこの近所に、○○教会という教会がありますから、そちらにも、お引き寄せ頂いたが良いでしょうか。実は一部の御信者さん方は、この頃合楽合楽と言われたり、おかげの泉を読んでおられたりと言う様な事でです。そこの先生が大変、機嫌が悪うありなさると言う事だ。
 そらぁ帰って貴方が行ってから、また先生の気分を返って悪くする様な事であってはいけんから。もうおいでられんがいいでしょうと言うて、申しました事でございます。それこそ合楽示現活動が、それこそ燎原の火のごとく、こう燃えに燃えて飛び火のように、あちらこちらに、広がっていくかに見えましたところが、そう言う様ないわば反対のほうの側から、反対の波紋が来ておるという。
 昨日もそんな事でございました。それこそ有難い一心である教会で一生懸命、合楽のことを話された。機嫌ようしてござった先生が、合楽と聞かっしゃったばっかりで機嫌の悪うなった。そして御結界を立ってしまいなさった。そして言われることがです。今合楽教会の、合楽示現活動という事が、連合会で問題になっておる。どこどこの教会の先生方は、合楽をどこに訴えるか知らんばってん、訴えるち言いござる。と言う様な剣幕であった。それを私は聞いてから有難かった。
 矢張りとてもとてもですね。普通では入っていけそうもない所にです。いわゆる示現活動の働きがあっておるんだ。けしからん合楽示現活動てんなんてん、合楽ばっかりを宣伝してと。その合楽という言葉が触るらしい。けれどもこれは矢張り合楽という言葉を使わなければ、ぴったり来ないんだ。それで合楽示現活動の例えば私がそんなら、説明会でもあって説明でもしなければ、成らない様な事になるかも分からない。
 そして初めて合楽示現活動の素晴らしい事が分かられて、また参画される方達も出来るだろうと思う。あなたがそげんとこで、そげんこと言うけんくさいと言う事よりもです。矢張りそういう働きがあっておるんだ。いわゆる宮崎での話もそう、福岡のその話での話もやはりそう。若先生がこの頃から八幡の大祭におかげを頂きましたら、あちらでもある先生がその合楽示現活動のことを、えらい皮肉って話されたとこう言う。
 今日は鹿児島の安武先生が大口教会のお礼に出て見えられました。本郷の息子さんです。丁度本郷の教会の若先生と、吉井の今の親先生が丁度こちらへ見えておりました。それは今度の会合がここでありますそうですから、その下見検分に見えた訳なんです。丁度そん時に安武先生、見えられましたから、実はお伺いをすることが、だいぶん貯まってる。今夜から、御本部参拝さして頂きよりますからと言うて、お伺いごとやらお願い事やらを、まあ色々なされました。そしてまた今のその話がありました。
 私共のように本当に合楽示現活動と言う事の、有難いと言う事が、分かっておる者がです。本当に矢張りおかげを受けなかればなりません。おかげを受けなければならん、そしていわば分かってない方達に、お話をしなければいけない。と言う様な事をお話して帰られました。ですから例えばそれこそ燎原の火のごとく、広がっていくかに見えた示現活動がです。思いもかけない同じ金光教の中からです。反対のほうから波紋が押し寄せてきておるという感じがする。
 そこへ大黒様たるものこれにへこたれてはならないわけなんです。これに打ち勝つ、これを乗り越えていくと言う所に、私は信心があると思います。喜びというものはそういう一つの、難しい所を乗り越えた所から、私は喜びは感じられるものだと思う。ただお願いをしては、自分の思うようになった。それこそまた売れたまた売れたと言う様な事だけが、有難いのではなくて、反対に願えども願えどもです反対に売れない日が、例えば商売人であるなら続く。
 返って赤字が続くと言った様な中にです。私は真の信心と言うのはあると思うです。そういう時を乗り越える力。それこそが私はまた真の力だと思うです。そこからです今までかって、味わった事のない、信心の喜びが頂けてくる。その信心の喜びが、おかげを生んで行く。今朝から吉井の熊谷さんが、お届けをなさっておられました。先日それこそ示現活動においでられた。それこそ本当にお城のような立派なお家に住んでおられる。お年寄りですけれども、それこそお金の中にうずまっておられるお方ですから。
 もうあらゆる稽古事をなさっておられる。書道の稽古をされるお茶の稽古をなさる。お謡いの稽古をなさる。成程そういう風な状態を見せて頂かれて、ほんと貴方こそ極楽ですねと言うてお話をされた所が熊谷さん、は淋しゅうして、淋しゅうして応えんち言わっしゃった。どこが淋しかですかちとてもあなたどこ一つと言うてです、不足のないいわば、おかげの中に浸らせて頂いておって淋しい淋しいとはどう言う事だろう。
 そこで喜ばせても貰おう、有難くもなろうと思うても、そうは神様が簡単には許しなさらない。いわゆる極楽の世界というものは、そう簡単なものではない事が分かります。金のない人は不健康の人は、はぁ本当に健康になったら、ここにお金がこがしこあったならばと思います。ですから健康になります。お金のお繰り合わせを頂きますとですと、その時だけは有難い。けれどもねその有難いというのが、喉をも通れば熱さを忘れるというような有難さでは、いわばつかの間の有難さである。
 永遠いわゆるどこまでも繋がっていく。それこそ信心をしておれば、一年一年有り難うなってくると言われる。有り難うなって行く信心を身につけなければいけない。そして、熊谷さんが、ここでお届けなされるのに、確かに親先生、私共のように、日々がこっから吉井までの、朝の御祈念に参って、そしてまた夜の御祈念にお参りになる。もう七十五ですか六ですか。しかも健康一杯。若い者も勝たないような元気でお参りになる。とにかく有難い有難い。
 そこでです、例えば私共が日々、神恩報謝の生活と言う事は、お礼の生活と言う事なのですけれども。ただ口でおかげを頂きまして有り難うございますと言うておるだけではいけんのです。本当に心の底から有難いものを感じるから、お礼になって現れてくるご参拝であり、御用であるという事にならなければならない。結局お礼の信心と言う事が言われるが、有難くならなければお礼は言われんと言う事を、今日言うておられます。有難くならなければ、お礼は言われん。
 もし有難くないのに、お礼を言うておる、それが神様に通ずるはずがない、嘘ですから。はぁ有り難うございます、有り難うございますと言うとってもです。真がない有難くない。有難いからこそお礼が言えれる。その有難いと言うものが、御礼になってくる。月次祭はいわば月に四回の、お礼のお祭りだと。日々おかげを受けておる、それをこうして、威儀改めて、お供えの一つもさせて頂いたり、思い思いのお礼をどこかに現させて貰うて、みんながそのお礼を取りつかねて。
 先生が神様にお礼を申し上げて頂くお祭りが、お礼のお祭りだ。ところが私は合楽の場合は、お礼のお参りとお願いのお参りが、何か混同しておるような感じがする。例えば朝なら朝の御祈念に参って見えられる方達が、お礼のお祭りに全部お参りされたら、それこそもっともっと、賑やかなお祭りが出来るでしょう。朝の方たちは殆どが一心の願いがあり、お参りをなさっておられる。一部の方たちはまた今晩もこうしてお参りなさっておられます。ですから日々信心の稽古に通わせて貰う。
 そしておかげをお願いするおかげを頂く。そして例えば一週間に一遍ぐらいの割合になりますかね、月に四回ですから。十日に一回なら十日に一回を、もう心を込めてしかも一家を挙げて、今日はお礼のお月次祭に参拝さして貰うて、心行くまでお礼をさせて頂こう。そのお礼心にまた帰りには、船にも車にも積めぬほどの神徳を頂いて帰るというのが、私は、本当でなからなければならんと思う。
 だから朝の御祈念に、皆さんお参りになっておられる方達が、もう一歩信心を進められて、御礼の何たるかと言う事が分かってきて、いわば御礼というのはです。おかげを受けておるから有難いだけではいかん。その有難いが募りに募って溢れてくる。その有難い心が溢れてくる。それが御礼となってくると言う様な信心になっていかなきゃいけない。今朝から御理解に、決心と言う事を頂いた。決心がつけばおかげと言う事である。御神訓の中に、「おかげのあるもなきもわが心」と言う。
 わが心というのは、吾という字です。和らぎ喜ぶじゃないです。吾が心と書いてる。おかげというのを霊験と書いてある。いわゆるおかげの、霊験のあるもないもわが心なのだ。それは和らぎ喜ぶ心ではない。和らぎ喜ぶ心を完璧なというのはなかなか難しい。けれどもこれは手前の心。吾が心自分の心。はぁこげな心ではおかげ頂くまい。見れば見るほど分かれば分かるほど、自分の心の状態が遊びになってくる。はぁこげなこっじゃおかげ頂くまい。是じゃおかげ頂かんはずだと言う様な風に気づかせて頂くのも。
吾が心なのですけれども、私は今日はその吾が心というのは、決心と言う事だと、皆さんに聞いて頂いた。成程自分というものは、見極めてみると私の様なものがと言う事になるのですけれども、その私のようなものでもです。決心を致します所から、おかげになってくる。例えばお参りでもね。本当に決心が出来たらね、本当に楽ぅにお参りが出来るです。問題は決心です。目が覚めたならお参りしよう。都合が出来たらお参りしよう。お繰り合わせを頂いたらお参りをしようというのではね。
 やっぱりお繰り合わせを頂いた時だけ、都合の良か時だけしかお参りが出来ません。けれどもそこを絶対のものとしてです決心をする。病気をする。難儀な問題がある。あれも迷わん、これにも迷わんぞと心する。そこに一心が立つ。そこから今まで出来そうにもなかった事がです、楽ぅに出来てくるようになる。楽じゃないそれが楽しゅうに出来てくるようになる。そこからです私は有難いというものが生まれてくると思う。
 何かを頂かなければ、有難いというのではない。願うこと頼むことそれが、願い通り頼み通りになると言う事がおかげではない。それと反対の事ですら、いやむしろ反対のことのほうが多い。その反対の事の中にです。深い御神慮を悟らせてもらう。今日安武先生が話をしておられました。それが大変な素晴らしいお夢だけれども、意味が分からん。今の金光様三代金光様。それから初代の安武先生。それから自分の両親。
 それから合楽の親先生、もうずらぁっと、お膳部が出来ておって、そのお膳に座っておられる。それをその私いわゆる、安武先生がお相伴をして貰っている所であった。しかもここの世界が、この世の世界ではないという。誰かが言って聞かせておる。はぁ自分なまあだ、この世の者だけれども、成程先代とか三代金光様とかは、お隠れになっとられるけれども。両親はまぁだこの頃から病院に入院しておられたそうですから、あのままお国替えしたっじゃないだろうかと思うごたる感じだった。
 いうならばです次元の違った世界に住んでおる。そこでです私はそのお夢に対するお答えではなくて、先日から甘木の御大祭の二十六日と七日とが、そうでしたが二十六日でしたか、七日でしたかその朝のご理解に、皆さんに聞いて頂いたんですけれども。甘木の初代がここへ見えて、私とお話を頂きまた私の話を聞いて頂くと言う様なお夢を頂いた、お話をさして頂いた。その中でね初代が一番願っておられると言う事は、これは貴方はいうならば孫に当たる。
 これは身内の者とか、子供とかと言うだけの事じゃあるまい、甘木の信心を頂いておかげを頂きたいと願うておる皆の事であろうとこう思う。先日から神愛会がございました。萩の、宮野の教会の若先生が来ておられました。そしてこういう事を話されたと言うて私は話しました。今日は合楽の神愛会ですからやらせて頂くと言うて、親先生にお届けをした所が親先生がお前甘木の信心を頂いてから合楽には行けと言わっしゃった。
 自分の心には甘木の信心を分かりたいからこそ、私は合楽におかげ頂きたいと思うておるのに。先ずは自分方の足元自分の手元の所の信心を頂いてから、他所に稽古に行けと言われましたけれども。実は今日はこうやっておかげ頂いたと言うて、その日は本気ではまって来てましたから泊り込んでから、翌る朝の御祈念まで頂いて帰られました。そしてここで発表しておられるのが、今親先生がそう言われた。
 そこで安武先生あんたは甘木の信心と言う事を、親先生から聞かせて頂きよろうが。甘木の信心とは一体どういう様な事かと、どう言う様な事を持って、甘木の信心というのか。もう即座に答えました。それは先ず親教会を大切にすること。師匠を尊ぶこと。立派です。それは甘木の初代がです、小倉であるところの親教会を、こよなく大切にされた。それこそ桂先生を師匠として、それこそ神様のようにして頂かれた。
 成程甘木の先生が、そうなさったから、あなた方もそうなさらなきゃいけんのだけれども。初代の場合にはそうしなければおられないものがあったんだと、私は申しました。親教会を大事にしなければおられないんだ。師匠を師匠としてあがめなければおられないものがあったから拝めた。師匠を大事にすればお徳が受けられる。親教会を大事にすればおかげが受けられる、徳が受けられると言った様な考え方じゃない。もう当然の事として、そうしなければおられない。
 いや信心が育てば信心が育てばです。そうしなければおられんのが御道の信心です。それよりは、その時に、先生方に言うた事ですけどね、安武先生とにかく一つ親不孝の運動を、今の教団では起こさなければいけないねと言った事でした。みんな同じような事を言ってる。だから先ず一つ親不孝の信心。そしてです親に不孝をして、神に孝行をする。そして後に、させて頂く親孝行であってこそ、本当の親孝行だ。いわゆる甘木の初代がです、そうしなければおられないものを頂かれたんだという事。
 だからそれのほうが先だ。神様への孝行のほうが先なんだ。安武先生あんたは、どげん思うかと。そらもう色々に言われます、先生が言われるようにやっぱり、同じような事を言っておられましたけれども。私はここにおかげを頂くようになってです。とにかく甘木がおかげを受けられた、信心修行をなさった。それに徹せられたその信心を頂く事が、甘木の信心だと思います。
 それで私のお爺さんに当たる、そのお爺さんが言うておられる、残しておられるお歌の中に、「われよしと思う心をあだとして、夜毎日毎に戦いていけ」という、狂歌がありますがこの狂歌をです、一つ徹底して頂こうと思いますと言うて、私は思わず机を叩いて、そうばい先生ち私は申しました。先生あんたのような生き方になってくると、○○教会で問題が起こっておる。
 ○○教会で合楽教会を訴えたいと言うておるような人達でもです。もしそういう信心になったらです。もう問題は一つも無くなる。自分方の信者が合楽に取られるごたる。取られるなら取られてもええ、そこから合楽が取ったのではない、自分自身の信心を顧みてです。それこそわれよしと思う心はあだとして、夜毎日毎に戦いて行こう。そういう一切をです、そういう生き方をもって、おかげを頂いていくならばです。必ずその後に頂かれるのが信心の喜びである。信心の力である。
 その力をもってです。おかげを頂いていく。先生おかげを頂きまして、昨日一昨日あちらの大祭を奉仕させて頂きましたが、始めて新しい信者が五人参ってきました。お初穂が三万五千円ございました。親教会に一万円甘木の親教会に一万円、そして合楽教会にそして後の五千円は、今日僕が御本部参拝の費用にさせて、そういう離れ業のような信心が今出来ておる。そういう信心がです。われよしと思う心があだとして、と言った様な信心に取り組んでおるから、それが出来る、それが本当のことです。
 それが出来ずして例えば、それが出来た所でです、それは値打ちはない。それには有難い。もう有難い一杯。いうならばここには応接間に、吉井の安武先生それから自分の兄さんである所の、本郷の安武先生が見えとるから、ちょっとものだけ言うてから、ちょっと私は、親先生に用があるからと言うて裏のほうへ。私は裸になってお風呂へ入いろうとしよる所へ、先生お風呂へ入って下さい。
 僕はこっちから座ってからお伺いしますからというけど。まぁそんな訳にはいかんから、また着替えてから茶の間でまた小一時間、色々お話をお届けを聞かせて貰い又は話させて頂いた事でした。そう言う様な生き方に、貴方がいうならば次元の違った先生方次元の違った所にお出でになる金光様方のお膳部の、御用をさせて貰うと言う事はね近い将来にあんたも、そういうお膳部に座らせて頂けれるお膳立ては出来てるんだ。
 貴方の場合には親先生そして、甘木という素晴らしいお徳の畑の中に、あんたはあるのだからそこに気付かせて頂いたんだから。それこそ信心の示現がもう一段進んだら、あんたもそこに一応に座って、一緒におご馳走が頂けるようなおかげが頂けるばい。楽しい事じゃねと言うて話した事でした。もうこれは一緒にご飯頂きながら、ゆっくり話そうと言ったら、いいえ両親が私の帰りを、とにかく首を長ごうして待ってる。
 今晩は夜行で発ちますけれども、それまでは親と一緒にご飯を頂いて、そして私のおかげを頂きよる事を、また親にも報告せにゃならんからと言うて帰られた。だからねその根本を間違えては、喜びが頂けんのです。いわゆる有難くなれんのです。有難くなれてからの御礼。これで初めて金光様のご信心と言う事が言えるのです。熊谷さんが言われるように、有難くならなければお礼は言われん。
 それに有難くもないのに、おかげ頂きまして有り難うございますと。これは生きる神様への空言の様な事。先ずは私が有り難うなることに、取り組まなければいけない。それを、合楽では、あらゆる角度から、有難くならせて頂くことのための御教えを、日々頂いておるのでございます。先ず有難くならなきゃいけません。そこからです溢れてくるものがです御礼になる。
 そのお礼にお礼お礼にまた限りないおかげに繋がっていく所の、それこそ一年一年有難うなって行く所の、そういう喜びをもって行きたいと言う事を、今日は光昭は前講の時にお話をしておった。行く先はどこか分からん。それこそ地獄の果てかも分からんのだけれども。どういう所にあっても、信心の喜びだけは持っていきたい。だからおかげをそこに置いておいて、信心の喜びを頂かせて頂く事に、一生懸命精進したら良いと言う事になります。
   どうぞ。